旅順口外の海戦

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海戦の経過


 明治三十七年二月九日の昼頃、駆逐艦隊による夜襲に引き続き、連合艦隊主力による旅順口への砲撃が行われた。連合艦隊は旗艦三笠を先頭に、第一戦隊、第二戦隊、第三戦隊が単縦陣で旅順口外を航行し、距離八千メートルで砲撃を開始。これに対して旅順艦隊も要塞の砲台と共に応戦してきた。三笠を始め、各艦で数発ずつの命中弾を受けた連合艦隊は、戦力を温存するために第一戦隊、第二戦隊による砲撃終了後に、第三戦隊を敵射程内から離脱させ、戦闘は終了した。
 この戦闘以降、旅順艦隊は要塞砲の射程内から出てこなくなり、連合艦隊は閉塞作戦の準備に取りかかることとなる。



旅順への攻撃を終え、停泊地に帰還した連合艦隊

洋上を航行する連合艦隊

逸話

 「敷島」の艦長であった寺垣猪三は後に、「佐世保で随分と射撃の研究を行ったのだが、実戦になってみるとなかなか思うように弾丸があたらない。予想に反した不出来な射撃であった。この経験によって、その後の訓練はこれまでとは大分違うものになった」と、やはり実戦における射撃の難しさを語っている。


 佐藤鉄太郎は旅順港への砲撃は複数回行うべきだと考えていた。しかし、連合艦隊が攻撃を一回で止めてしまったので、佐藤はその事が不満で攻撃後に幕僚室で寝ころんでいた。すると、「佐藤、佐藤」と上村に呼び出された。
「これから何度も攻撃しなければならぬのに、今止めてしまっては何にもならぬ。それで我々の意見を東郷に伝えるようにと言ったところ、加藤は「連合艦隊司令長官のすることですから、もう少し様子を見ましょう」と言うのだが、まさか佐藤はそんなことは言うまい」
佐藤自身も同意見ではあったが、参謀長が様子を見ると言ったのだから、
「長官、もう少し様子を見ましょう」
と答えた。すると上村は非常に怒り、そのまま艦橋へ行ってしまった。そしてやはり不満を持っている佐藤はまたふて寝をしてしまった。
 後に佐藤が東郷に一回で止めた理由を尋ねたところ、
「要塞との関係、その他任務が非常に重いから、損害を多く受けてはいけない。一隻でも傷つけないようにと思って止めた。それで悪ければ俺が悪いのだ」
という答えが返ってきたという。