地形篇


 

地形、有通者、有挂者、有支者・・・
(地形には通ずる者あり、挂ぐる者あり、支るる者あり・・・)


通形:敵味方共に行き来できる地形。この地形では敵軍よりも先に高地の日当たりのよい場所に陣取って、食料の補給路を確保する形で戦えば有利になる。
挂形:難所があるために、進みやすく退きがたい地形。この地形では、敵に備えがないときであれば出撃して勝てる。しかし、敵に備えがあるときは不利であり、退路を断たれる可能性がある。
支形:敵味方共に出撃すると不利になる、枝道に分かれた地形。この地形では、敵の誘いにのってはならない。自軍を後退させ、敵軍の半数を誘い込んでから攻撃するのが有利である。
隘形:細い谷間のような、道幅がせばまっている地形。この地形では先にそこを占拠し、隘路上に兵力を集中させて敵を待ち受けよ。もし、敵が先にそこを占拠して兵力を隘路上集結させている場合には、そこへ攻めかかってはならない。たとえ敵が先に占領していても、その隘路上に兵力を集中していない場合には攻めかかれ。
険形:険しい要害の地。この地形では、自軍が先にそこを占拠している場合は必ず高地に陣取り、敵を待ち受けよ。もし、敵軍が先に占拠している場合は、攻めかからずに軍を後退させてその場を立ち去る。
遠形:双方の陣地が遠く隔たっている地形。兵力が互角な場合は先に戦いを仕掛けると不利になる。

以上の六つは地形についての原則であり、将軍の重要な任務であるから、十分に考慮しなければならない。


兵有走者、有弛者、有陥者・・・
(兵に走る者あり、弛む者あり、陥る者あり・・・)


逃亡する:敵味方の兵力が均衡しているのに、自軍の兵力を集中できない場合。
ゆるむ:兵士の実力はあるが、取り締まる指揮官の能力が劣る。
落ち込む:指揮官が優秀にもかかわらず、兵士が弱い。
崩れる:将軍が部下の自分勝手な行動を抑えることが出来ない。
乱れる:将軍の統制力が弱く、軍に規律がない。
負けて逃げる:敵情認識が甘く、少数で大軍に攻めかかる場合。
これら六つは自然の災害ではなく、将軍の過失によるものである。この敗北の原則も将軍の重要な責務として充分に考えなければならないことである。

 


地形者、兵之助也
(地形は兵の助けなり)


 地形は軍事行動の補助要因である。敵情や地形を検討して、それに応じて作戦を遂行するのが将軍の仕事である。こういうことを考慮している者は必ず勝つが、考慮せずに戦う者は必ず敗れる。
 そこで、戦争の原則として、自軍に勝算があるときにはたとえ主君が戦闘してはならないと命じても戦うのがよく、逆に勝算がないときにはたとえ主君が絶対に戦闘せよと命じても戦わなくてよい。したがって、君命に背いて進むときでも功名心を求めず、君命に背いて退却するときでも処罰を恐れず、ひたすら民衆を守り、結果的にそうした行動が君主の利益にも合うような将軍は国家の財宝である。

 


視卒如嬰児
(卒を視ること嬰児の如し)


 将軍が兵士を赤ん坊のようにいたわり、わが子のように接していくと、それによって兵士たちと生死をともにできるようになる。しかし、かわいがるばかりで命令や処罰をすることができないのでは、例えてみればおごりたかぶった子供のようなもので、ものの用にたたない。

 


知彼知己、勝乃不殆
(彼を知り己を知れば、勝ち、乃ち殆うからず)


自軍が敵軍に打ち勝つことができる力があることがわかっても、敵の方に十分な備えがあることを知っていなければ、必ず勝つとは限らない。敵に隙があって攻撃できる状況であることがわかっても、自軍の力が攻撃をかけるのに十分でないことがわかっていなければ、必ず勝つとは限らない。 敵に隙があって攻撃できることがわかり、自軍にも敵を攻撃する力のあることはわかっても、土地の状況が分からなければ必ず勝つとは限らない。
 戦争のことをよく理解している人は、敵・味方・土地のことを考慮した上で行動を起こすから、軍を動かして迷いがなく、戦っても苦戦することがない。だから、「敵情を知って、味方の事情も知っていれば、そこで勝利に揺るぎがなく、土地のことを知って、自然状況も知っていれば、そこでいつでも勝てる」といわれるのである。