軍争篇


 

以迂爲直
(迂を以て直と為す)


 戦争の原則としては、将軍が君主の命令を受けてから、軍を編成し兵士を統率して、敵軍と対陣するまでの過程で、機先を制するための争い「軍争」ほど困難なものはない。
 軍争の難しい点は、遠い迂回路を近道に変え、害を利益に転ずることにある。この迂直の計を利用すれば、迂回するように見せかけ、利益で敵を足止めする事によって、敵より先に戦場に行き着くことが出来る。
 軍争は有利な側面もあるが、危険をもたらすこともある。大軍では機動性がないので、敵より先に戦場に到着できない。軍全体にかまわずに利益を得ようと競争すれば、機動力の劣る輜重部隊は後方に捨て去られてしまう。 軽装備で昼夜問わず強行軍を行えば、疲労した兵士が遅れることによって隊列がバラバラになってしまう。このことから、軍争の難しいことが分かる。

 


兵以詐立
(兵は詐を以て立つ)


 そこで、戦争は敵をあざむくことを基本とし、利益に従って行動し、分散と集合で臨機応変に変化するものである。
 だから、風のように迅速に進撃し、林のように静かに待機し、火が燃え広がるように急激に侵攻し、山のように微動だにせず、暗闇のように実態を隠し、雷鳴のように突然動きだし、分散・分守によって占領地を拡大していく。

 


人既専一、則勇者不得獨進
(人既に専一なれば、則ち勇者も独り進むことを得ず)


 旗や太鼓は兵士達を統一するためのものである。兵士達がしっかり統率されていれば、勇敢な者でも勝手に進むことはできず、臆病な者でも勝手に退くことはできない。したがって、乱れた状態で打ち破られるということがない。これが大部隊を働かす方法である。
 戦争上手な人は、気力が衰えて休息しているところを撃ち、整った状態で混乱した相手に当たり、戦場付近で遠方から来る敵を待ちうけて疲労した相手に当たる。また、充実した軍には攻撃をかけず、その変化を待って打ち勝とうとする。