三 葬儀

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 嗚呼、巨星は隕ちた。軍に在っては護国の豪将、郷に在っては郷党の師父たりし一世の英雄秋山将軍は、遂に逝いたのである。
 この訃一たび伝わるや、国を挙げて哀悼追慕の意を表し、新聞紙は一斉に筆を揃えて、将軍の武勲を追仰した。
 越えて十一月十日午後一時より、青山斎場に於いて盛大なる葬儀が行われた。
 白川大将(義則)葬儀委員長、鳥谷中将(章)葬儀副委員長となり、導師麻布長谷寺住職に依って、厳かに執行された。祭壇には「従二位勲一等功二級陸軍大将秋山好古之柩」と認めた白旗の前には、畏き辺りの御下賜品中心に、秩父宮家をはじめ、各宮家から賜った花輪を飾り、友人席には武藤信義、一戸兵衛、本郷房太郎、河井操、福田雅太郎、尾野実信、森岡守成の各陸軍大将以下数十名の将官、並びに長岡大使(春一)等が列席し、分けても在京及び近県の騎兵科出身の将官全部の列席を見たのは、流石に「日本騎兵の父」の葬儀を思わしめるものがあった。
 斯くて定刻、導師の読経と共に、場外正面に整列した石津少佐の指揮せる儀仗兵一個大隊は「哀しみの極」を奏し、また弔銃を発して哀悼の意を表した。ついで閑院宮家御付武官、竹田の宮家事務官の御代香あり、続いて喪主信好氏、旧藩主久松伯爵、その他の焼香があった。
 葬儀は午後二時、滞りなく終わり引き続き告別式に移ったが、式に列する者、東郷平八郎、上原勇作の二元帥、大庭二郎、安藤貞美、宇垣一成、奈良武次、鈴木貫太郎、岡田啓介、竹下勇、財部彪、安保清種等の各陸海軍大将、小笠原長幹伯、壬生基義伯、九鬼隆一男、大島富士太郎男、藤村義郎男、松井慶四郎男、山内長人男等を始め、朝野の顕官名士で斎場は埋められるほどであった。

 法名「威徳院殿忠信好古大居士」