井口省吾「教頭業務日誌」

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井口省吾の「教頭業務日誌」について

  井口省吾が陸軍大学在職中に記した日記。原文は「麗澤大学 日本近代史研究(櫻井ゼミ)史料・目録公開コーナー井口省吾日記(1897-1898) 」で公開されています。その中から、個人的に興味を持った部分を要約してまとめてみました。補足説明などは [ ] で記述しています。

明治三十年

九月二日
 各学年の学生長に就任の挨拶をする。


九月三日
 兵学教官との会合で就任の挨拶をし、教頭服務規程を配布して以下の件を注意する。
 ・本年中の授業順序概定を提出する事
 ・学生に課する宿題については、その重要性を熟慮してから課すこと
 ・来年一月一日からの担任教官について

 また、野外作業、参謀演習旅行に関係のある教官に対し次の件を指示する。
 ・第一、第二学年生の野外作業に関する方針を示す
 ・宿舎での時間を有効活用する方法を考え、実行させる
 ・第三学年生の機動演習見学における、有益な見学方法の検討

 また、参謀演習旅行に関係ある兵学教官補助官(松川[敏胤:当時陸大教官。国立国会図書館 近代デジタルライブラリー「基本戦術講授録」は彼の著書で、この当時の陸大のテキストと思われる]、松石両少佐、大井大尉)、東条[英教:東条英機の父。当時陸大教官]、藤井[茂太:当時陸大教官]両中佐に演習の方略を示して意見を聞く。


九月六日より月二十六日まで病気入院


九月二十七日
 学生候補者初審試験の点数が1位から100位の者までに再審試験を受けさせることを校長と協議して決定する。


九月二十八日 
 参謀本部に出務し、野外要務令改正案の会議に参加。本日をでほぼ議了する。


十月十七日
 参謀演習旅行の準備作業を始める(本日より三日間)


十二月二日
 乗馬学校長の秋山[好古]騎兵大佐に、同校教官騎兵大尉小池順を大学校乗馬教官として兼務させる件について照会し承諾を得る。


十二月四日
 各教官から提出された歳末学術成績表を調査した結果、以下の点に改良の必要がある。


十二月七日
 第一、第二学年学生の成績を調査し、退校帰隊を命ずる者を決めて、明日の会議に提出する準備をする。今日で本年の授業は終了。


十二月八日
 終末会議を開き、第三年学生の伎倆証明書案を議定する。


十二月九日
 第三年学生の卒業優劣順序を終末会議で議定する。また、第一、第二学年学生の修業成績を議定し、退校させるべき者を決める。


十二月十日
 午前、再審試験の打合会議を開き、以下の件を議定する

 [試験内容は国立国会図書館 近代デジタルライブラリー「最近十年間陸軍大学校入学試験問題集」で閲覧可能]

 午後、教育会議を開き各教官と下記の件を決定する。


十二月十三日 
 陸軍大学校第三学年学生(十四名)の卒業証書授与式を行う。喪中の天皇陛下、旅行中の参謀総長彰仁親王に代わり、川上操六参謀次長が代理臨場する。

[この年の卒業生(11期):「坂の上の雲」の登場人物、著名人などはいない]


十二月十五日
 参謀本部に於いて川上次長、福島[安正]、上原[勇作]、伊地知[幸介]、東条[英教]、大生の五大佐ならびに岡少佐と会合し、本年施行すべき特別大機動演習の方略を協議する。


十二月十六日
 本日より大学校学生候補者百名の再審試験を開始し、午前に図上対策、午後に独・仏・英・露の語学試験を行う。午前午後共に筆記の答解を出させる。
 明日からは候補者を八班に分け、戦術(甲・乙)、兵器、築城、交通、地理図、算術、外国語学(口答)の諸科について逐次試験を行い、二十四日に終了する予定。

[この年の入学生(14期):田中国重、津野田是重、宇垣一成など] 


十二月二十五日 
 予定通り、昨日までに再審試験が終り、本日は下記の方針に従って入校学生を決定する。

 総点数の順序に従って、第一番から第五十番までを採用する。ただし、戦術甲・乙両課の平均が4.9点以下の者は採用しない。その他の課目中、地理図学で0.8点を取った者は一名除く。また戦術中図上対策は他の学課同様とみなす。これは、同課目に於いては各人の性質決心等を見ることが難しいからである。この方針にて各教官一人も異存なく決定された。


明治三十一年

一月十八日  
 下記の件を内示する


一月二十五日  
 兵学教官及び各科教官を集めて本年度入校試験課目を議定する
 大学校条例附則当分の内、中・少尉のほか大尉を入校させる件は、本年度は撤止せず来年以後の事は追って決定する


二月二十六日 
 下記の通り、参謀本部編纂部長の東条大佐より申し出があり承諾する。
   砲兵大尉石井忠和は松川少佐の戦術聴講
   歩兵中尉佐藤安之助は山梨大尉の戦術聴講


三月十八日 
 四月一日から語学時間を十五分減らすことについて、専任佐官、兵学教官、ならびに東条大佐の同意を校長に具申。同日より実施する事を決定。


三月二十一日 
 東条大佐が先日から病気のため、本日は欠勤すると考えて彼が担当する第三学年の戦術課程(午後)を、自分が担当することに決めた後、東条大佐が出勤してきた。
 しかし、すでに開始時刻が迫っており、学生手簿などのの準備がないため、自分が担当を実行した(戦略問題を出題する)。この作業の講評は三月三十日水曜日午前七時半から九時十五分の間に行う。


三月十八日
 第三年学生騎兵大尉 鈴木荘六[日露戦争中は第二軍参謀]は馬術に熟練しているので、時々新馬に乗馬させる件について教官より申出があったので許可した。


四月二日  
 下記の通り内示する
  砲兵少佐星野金吾[日露戦争中は第一師団参謀長]
  来年度、第三年学生に戦史を教授することになるかもしれないので準備しておくように。

  歩兵少佐松石安治[日露戦争中は第1軍参謀副長]
  本年夏期、学生隊附の間に日時を選び、要塞砲兵射撃学校長豊嶋砲兵大佐[陽蔵]の希望により同校に出張。約二週間、同校教官諸氏に戦術を教授すること。

 本期(四月より六月まで)の学術日課予定は、前期のものを実行する。ただし数斑に分割されているものは、その教官の担当をそれぞれ交換する。


四月二十五日 
 東條大佐が欠勤のため、午後は代わりに第三学年学生の戦術を教授する(第二回)


四月二十八日 
松 川少佐に本年参謀演習旅行の一般方略を示し、演習統裁に関する件を相談する。


五月二日 
 西部都督部参謀長上田少将[有沢:日露戦争中は第五師団長]より、本年度守勢作戦計画書の一部が送付されてくる。
 午後、東条大佐に代わり第三年学生の戦略問題を教授する(第三回)。


五月四日 
 東條大佐に代わり、午後に第三学年学生の戦略作業について講評をする。


五月九日 
 午後、東条大佐に代わり第三年学生の戦略上の問題について教授する。


五月十四日  
 十三日付で下記の通り命じられる。
   陸軍大学校教頭陸軍砲兵大佐井口省吾陸軍大学校学生候補者試験委員を命ず
                                       明治三十一年五月十三日  参謀本部


五月十五日 
 川上参謀総長に、時々大学校に臨視してもらいたい事、各国間で多少感情の差し支えがあっても軍隊の利益のために外国教師を雇い入れてほしい事の意見を具申し、その応諾を得る。ただし、教師雇入の件は機を見て判断することを承諾してもらった。


五月十八日 
 午前、学生候補者試験委員を集め、校長より各科分担の任命があった。
 自分からは問題決定に関する方針を述べるとともに、問題は各分担委員で調製の上、二十五日までに副官部ヘ提出ということに決定。


五月二十日
本校條例改正の件を高松副官に相談する。
田中大尉[義一:当時は参謀本部勤務で、この頃にロシア派遣となる。日露戦争中は満州軍参謀。]が兵学教官兼勤を免ぜられるに伴い、彼が受け持つ第二学年兵棋は柴大尉の受け持ちとする。


六月十一日  
 午後、語学教官を集めて下記の要旨を注意す。

○教官が会合して教授方法の利害を研究する事は語学教育上有益であり、一日課業を休止する損を償っても余りある。時間は嘱托教官に差し支えがあることを考慮し、語学時間に関わらず各官を会合すること。

○一般に時間の空費を避けるため、次のことに注意を要する。 


○普通書の外に適宜兵書を交えて教授すること。その書籍の選定は学生の力に応じて教官の見込に任せる。

○大学校の希望としては、学生三年間の間に於いて最劣等の者と雖も簡易な兵書普通書を理解する力を備えさせることである。

○教官は互いに研究を怠らず、さらに高級教授はその科内一般に注意すること。よって教官は余課の時間に於いて他の講堂を見学することを認める。また両教官の間に協議上意見の衝突することがあれば、自分がその裁決の任に当たる。

○本校語学の課目を大別して次の六科とする。
  会話
  作文(和文欧訳など)
  訳読(訳解、翻訳、歴史など)
  読法
  文法
  書取

○会話については次の注意を要する。


○作文については次の注意を要する。

 
○訳読について次の注意を要する。 


○読法については次の注意を要する。 


○文法については次の注意を要する。

 
○書取については次の注意を要する。 


以上は概略に過ぎず、各教官が学生の力に応じて適宜斟酌することを希望した。要するに講堂内での時間の空費を避け、教官の効力をなるべく多く学生の頭脳中に影響させ、学生を怠倦させることないようにすることである。


六月十三日 
兵学教官補欠に関して次の意見を校長に具申しようと思う。兵学教官として採用もしくは転出見込の者については、
 ・陸軍工兵少佐大久保徳明は直ちに少佐教官補欠として採用。

 ・次の大尉教官候補員中より直ちに四名採用。また山梨大尉洋行後に一名採用

                   陸軍歩兵大尉 柴勝三郎
                   同         栗田直八郎
                   同         高橋義章
                   同         白井二郎
                   同         町田経宇[日露戦争中は第四軍参謀]
                   同         古海厳潮
                   同         尾野実信[日露戦争中は満州軍参謀]
                   陸軍砲兵大尉 永井啓二郎
                   陸軍工兵大尉 武内徹
               外に
                   陸軍歩兵大尉 山田隆一
                   同         佐伯運之祐
                   同         大庭二郎[日露戦争中は第三軍参謀]
  
 ・本年秋進級後、次の少佐教官候補員中より三名採用。

                   陸軍歩兵少佐 明石元二郎
                   同         黒沢源三郎
                   同         林太郎
                   陸軍歩兵大尉 斎藤力三郎
                   同         宇都宮太郎
                   同         大井菊太郎
                   同         石黒千久之助
                   同         依田昌兮
                  陸軍騎兵大尉  河村秀一
                   陸軍砲兵少佐 鋳方真蔵
                   陸軍輜重兵大尉 中村幸
               外に
                   陸軍歩兵大尉立花小一郎
  
 ・この外、田中歩兵大尉が兵学教官兼勤を解かれたことにつき、その補欠として至急尾野歩兵大尉を兼勤させる。


六月十四日 
 午後兵学教官を集め、校長より本年度野外演習の各官担任を命じられる。また在京候補者初審試験は各委員の監視にて陸軍大学校に於いて施行する旨を通知される。その他、演習地方の事および地形偵察に従事する者は、兵要地学材料として報告を出すべきことを諭示される。
 また、次の件を注意した。
 演習倍観者は演習の経過を追跡し、いつ統裁官の代任をしても差し支えないよう心掛けるのみならず、常に学生の態度に注意し、技倆報告の際に公平と正確とを得ルことを勉めること。
 各官より提出された地形偵察旅行経過路はなるべく採用するよう努めるが、予算超過すれば多少短縮することもある。

 松川少佐を本年参謀旅行統裁官とした。
 本年野外演習の担任を命ぜられた者は次の通り。
  第二学年戦術実施
   統裁官 星野 仁田原 松石 三少佐
   予備員 恒吉少佐
  第一学年戦術実施
   統裁官 有田 河合 橋本 三大尉
   予備員 河村大尉
  第三学年学生参謀演習旅行
   統裁官  松川少佐
   同補助官 河合 橋本両大尉
   予備員  星野少佐
  第一学年野外測量
   教官 有田 武内 両大尉 

  戦術実施は各学年三班に分割し、約二週間の間に二回、順次交代する。
  野外測量の学生は三班に分ける


六月二十一日 
 本年度夏期の自分の偵察旅行を次の通リ高松副官まで申告する。
  東京出発、豊橋・大阪付近の演習地偵察終り大阪着   十三日
  大阪発、呉要塞地実視終り三田尻着             五日
  三田尻より山口・萩・浜田・鳥取等を経て生野着      十八日
  生野より東京帰着                         二日
  東京より上野・下野・常盤・房総地形偵察終り帰京     十四日
                 計五十二日。ただし滞在日を含む。



七月三日 
 七月一日以来、入校学生候補者初審試験を行い、本日で第三日。
 一日・二日は相州三軒屋に出張していたので、本日より委員として試験場である大学校ヘ出勤。

 東條大佐に代って数回施行した第三学年学生の戦術に関し、次の通り優劣順序をつける。

   第三学年学生戦術優劣順序
     第一  鈴木荘六
     第二  白川義則
     第三  誉田甚八
     第四  鈴木朝資
     第五  近野旭三
     第六  矢野伊平
     第七  児島惣二郎
     第八  中島誠之
     第九  篠田金
     同   大村信行
     同   森知之
     第十  工藤多喜馬
     第十一 金久保万吉
     第十二 布施慶吉
     第十三 小野木四郎
     第十四 岡沢慶三郎
     列外  佐藤祐次


七月五日  
 一月より六月までの学生の成績を調査し、校長に提出する。
 士官学校、中央幼年学校へロシア語学を導入する件を、総長閣下よりその筋ヘ交渉してほしいと校長に具申する。
 本月一日より今日に至る五日間、在京学生候補者初審試験を陸軍大学校で施行(横須賀、佐倉及び高崎衛戌地の候補者も同様)。



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