絵と字

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将軍が幼時から絵に巧みであった事は既に「幼年編」に於いて叙せられた。その頃友達に沢山絵を書いてやるために絵具代が要ってはかなわないと母堂がこぼしていられたことが話に残っている。
 将軍の絵画揮毫は山水、花鳥何でもござれであった。特に鯉の絵が巧みで、この種の絵はよく書いたらしかった。
 字はまた天性の達筆で、勇勁そのものであった。かつて八代大将が将軍の書を見て「誰の書を学ばれたものか」と言って激賞した事があった。将軍が字を書くのを見ていると筆の持ち方から一種独特のものであった。手を逆に、掌を上方に向けるようにして筆を寝かせて持ち、紙面を筆先でつッつくようにして書いて行く。誠に奇妙千万の書き方で、それがために筆の毛が切れて直ぐ駄目になってしまう。
 公文書でも何でも、ペンで細字で書くということは滅多になく、巻紙でどしどし流れるように書いて行く。それでいて字の誤りもなければ文章の抹消訂正も殆どなく、玉のような文章、雄健な文章が生まれて行くのである。全くこういう点では天性の器用というのだろう。