無造作の一面

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 親戚会議の席上、長幼の序はよく弁(わきま)えている将軍であるが、令の無造作の性格から、退屈になると何うかすると長上の前でゴロリと横になるような事もあった。親戚の間ではいつものだ位でそれが通っていた。日露戦役後将軍の第一艦隊参謀長時代、司令長官の上村大将以下幕僚と毎日食卓を共にして会食中、上村長官がいつものように晩酌をゆっくりと嗜(たしな)んでいると、秋山将軍は晩酌はやらぬのでサッサと飯を済ましてから、いつも定まったように靴下を脱ぎ片足を上にあげて、長官の面前で指間の水虫をゴリゴリ掻き始める。長官は如何にも酒がまずいと言った顔で、それを眺めているが、御本尊の秋山将軍は一向に平気でゴリゴリやっている。傍らの幕僚連長官に対し気の毒でもあるが、それにも気づかず無心で掻いている将軍の様子を見ていると滑稽でもあり、笑いを押しこらえているのが苦しかったという。
 軍艦吉野が出来て、将軍がその回航委員に任ぜられた時のことであった。彼地で将軍が外人の晩餐に招かれた時、将軍は礼服を粗末な木綿風呂敷に包み平気でそれを携えて出掛けていく。日本なら兎も角、外国である。甚だみっともないので、艦長が見かねて自分のトランクを貸してやったことがあった。
 将校時代にも将軍は甲板上何処でも彼処でも所選ばず腰掛けるので、いつもズボンがよごれて汚らしい。注意しても一向に効き目がないので、艦長が持て余して将軍のために特別の座を作って与えたという話もある。